隣にいるかもしれない、と一瞬考える
これにアクセスしてくださっているだけで、既に興味を持ってくれている方に向けてになってしまいますが…。
子どものころから何気なく周りで聞いてきた、「LGBTQ+みたいな人が最近増えてきていますが…」とか、「気持ち悪い、理解できない」とか、「最近彼氏はいるの?」という発言。
今までLGBTQ+にあったことがない・見たことがないと思われる方も多いと思います。
ただそれは、いないのではなく、言えないという状況だからだと私は思います。
少なくとも私はパートナーでもいない限り、今の日本社会でカミングアウトすることにリスクやデメリットはあっても、メリットは感じません。
自分の隣にいる人が、もしかしたら当事者かもしれない、紛れ込んで生活しているかもしれないと少しでも思ってもらえる人が増えると嬉しいです。
共存できる世界を
これは個人的な意見ですが、「理解してほしい」「分かってほしい」と私は思わないです。
人生経験や価値観、見ている世界が違う人たちが、理解しあおうというのは幻想に近いのではないかと正直思います。
そうではなく、理解しあえない、分かり合えないとしても、一緒に暮らしていける世界はどうやったら作れるかを考えられないか。
理解しあえなくても、共存することは十分できると思っています。
親子だからわかる、長年友達だったから分かるというのは、だったらラッキーというだけで、別の人間なんだから分からないのが当然で。会ったこともない他人なんてなおさら。
理解してもらえたらラッキー、理解できなければ理解できないということが分かったことが素晴らしい!、それでいいんじゃないかと。
「分からないな~」「共感できないな~」でいいので、それでもそんな人がいて、だからこそそういう理解できない人同士でどうやったらこの世界を上手く仕組み作れるか。そういう考え方の方がいいんじゃないかなと私は思います。
何かのタイミングで思い出してもらえるとうれしいなと思っています。