原体験

「将来何になりたいんだ。なりたいものになんでもなれるぞ。」

15歳の三者面談。
普通なら。”普通”だったら。

「自分みたいな人間、何にもなれない。」
ただ只管に、社会に対する憎しみと自分の人生への絶望でいっぱいだった。

「将来こんな仕事に就きたい!」と目を輝かせる同級生の隣で、
どう頑張っても、自分が社会の中に存在する未来が一ミリも想像できなかった。

生物学的には女性として生まれて、女性に心惹かれて。
自分が男か女かも分からない。女らしく生きるのも、男らしく生きるのも、しんどい。
そして、しんどい、辛い、すら誰にも言えない。

私が子どもの頃のセクシャルマイノリティといえば、カルーセル麻紀さんがいた位で、
テレビではゲテモノ、イロモノ扱い、バラエティ番組では嘲笑されて当たり前だった時代。

辞書を引くと、同性愛が【異常性愛】と書かれていた時代。
社会が求める世界に適応できない自分はこれから先、
どうやって生きていけばいいのか、何にだったらなれるのか。

自分の未来が全く想像できなくて、真っ暗で自分みたいな人間は一人だと思っていた。
口に出すことへの恐怖。社会から抹消されることへの不安。
孤独と不安と恐怖で埋め尽くされて、それでもなんでもないように笑って過ごすしかなかった。

これから先ずっと嘘をついて心を殺して生きていくのと、本当に死ぬのと何が違うんだろう、
生きているだけ時間の無駄じゃないかと思いながら。かといって、死ぬ勇気もなく。

もう全部めんどくさいから、誰か私の人生を終わらせてくれればいいのにって毎日思っていた。
心を無にすることに必死だった。

消去法で生き延びて。大学に入って、就職して。それなりに必死にもがいて。
やっと少しは自分の足で立てるようになったかなぁと思えるようになった三十代。

今でもふと思う。
何があれば、あの時の自分は救われたんだろう。
あの時の自分は、何が欲しかったんだろう。

今はもうYoutubeもSNSも当たり前で、そんなことには悩まないのかもしれないけど、
あの時の自分みたいに、一人ぼっちでしんどい思いをしている人がいるなら。
少なくとも、中学生の頃の私は今の私の人生を想像できてなかったから。

「なんかね意外に何とかなるみたいよ笑」、「全然想像してなかった人生になってるよ」と伝えたい。